なぜ、オリンパスはカメラ事業から撤退したのか?|事業の歴史や赤字の原因、今後の投資分野をわかりやすく解説

2020年6月24日、オリンパスは84年もの長い歴史をもつカメラ事業を売却すると発表しました。

確かな技術とユニークな開発力で、世界のカメラ市場を牽引してきたオリンパス。

そんなオリンパスが、なぜカメラ事業を手放すことになったのでしょうか。

そこで今回は、オリンパスのカメラ事業の歴史を振り返りつつ、売却に至った最大の要因についてわかりやすく解説します。

スポンサーリンク

オリンパスのカメラ事業の歴史

まずは、オリンパスのカメラ事業についてざっくりおさらいしておきましょう。

1936年に最初のカメラを販売

オリンパスが、カメラメーカーとして最初に製造したのが、1936年の発売の「セミオリンパスⅠ型」です。

アコーディオンのように伸び縮みする特徴を持ち、当時の日本人の月給よりも上の値段で、非常に高価なものでした。

その後、1959年発売後から長くシリーズ化した「OLYMPUS PEN」によって、オリンパスはカメラ市場のトップメーカーのひとつに成長します。

「OLYMPUS PEN」は ハーフサイズカメラで、通常の35 mm フィルムの半分を使って撮影する方式のものでした。

つまり24枚撮りのフィルムなら、48枚撮れるというわけです。

低価格で、コスパも抜群なハーフカメラは爆発的にヒットしました。

1970年代に大人気カメラメーカーに

1970年代に登場したのが「OM-1」です。

これまで一眼レフカメラのデメリットは、「大きい」「重い」「撮影時のショックが大きい」というものでした。

これら3点を追放し、小型化・軽量化を実現したのがOM-1です。

女性の手でも持ちやすいコンパクトさから女性ファンの開拓にも成功した、オリンパスの大ヒット商品です。

そして、1990年代後半にはデジタルカメラにも参入。

最盛期だった2007年度にはカメラ事業の売り上げが3000億円を超え、カメラ事業は経営の柱でした。

スマートフォンの普及による低迷

2010年代に入ると、iPhoneなどを含むスマートフォンが爆発的に普及し始めます。

一方、デジタルカメラの販売は低迷し、とくに初心者層を得意としてきたオリンパスは大打撃を受け、売り上げも縮小するばかり。

事業の立て直しに取り組むも、赤字業績が続いていました。

2019年11月の東洋経済での、竹内康雄社長の「カメラを含むあらゆる事業で絶対に撤退しないという考えはない」発言からも、もはや撤退するタイミングを模索していたのかもしれません。

h2 事業売却に至った最大の要因
オリンパスがカメラ事業売却に至った最大の要因は、スマートフォンの登場によるカメラ市場の急速な縮小です。

これまでオリンパスは立て直しに向けて、生産場所のコストの見直しや利益率の高い交換レンズ中心のビジネスへの移行など、さまざまな収益構造の改善を図ってきました。

しかし、2020年に入り、デジタルカメラ市場が急速に悪化。

さらに新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、需要減退に追い打ちをかけました。

これにより、2018年3月期から3年連続で赤字を更新。

2019年の実績では営業損失が183億円、2020年3月期も売上400億円台に対して、営業損益が100億円を超える赤字に陥っていました。

これらの状況を受け、オリンパスは低迷するカメラ事業を切り離し、JIP(日本産業パートナーズ)が管理するファンドに売却することにしたのです。

具体的な取引内容は今後の両者間の話し合いで決めるとしていますが、基本的にはオリンパスの映像事業を分社化し、関連する人員や資産をJIPに移管する予定です。

なお、「OLYMPUS PEN」や「OM」 シリーズなどのブランドは新会社が引き継ぐ見込みで、2020年12月末の取引完了を目指すとのことです。

なぜ、オリンパスはカメラ事業から撤退したのか?|事業の歴史や赤字の原因をわかりやすく解説|まとめ

カメラ事業売却したオリンパスですが、企業として存続することは変わりません。

今回の売却は、あくまでも赤字体質のカメラ事業を切って、医療分野への投資を加速させることが狙いです。

「カメラ」ではなく、顕微鏡の製造や内視鏡などを扱う「医療のオリンパス」のさらなる発展に注目しておきましょう。

スポンサーリンク
おすすめの記事